慶應義塾大学アート・センター Keio University Art Center

没後36年 土方巽を語ること XI 

没後36年 土方巽を語ることⅪを2022年1月21日(金)に開催いたします。 今回は人数制限を設けての「予約制」とさせていただきます。

「四季のための二十七晩」から50年の2022年、ゲストに舞踏家の麿赤兒さんを招きます。1966年にアスベスト館を訪れて以来、土方巽を師匠とし、1972年に大駱駝艦を創設して舞踏の世界に足を踏み入れました。
今回の「土方巽を語ること」では、もう一つの舞踏の草創期ともいうべき1970年代を再考しつつ、半世紀の時間の意味を引き受ける契機とします。(オンラインでも配信をする予定です) 

事前予約制
予約サイトはこちら 満席となりましたので受付を停止しております。ぜひオンライン配信をご覧ください。 
(キャンセルはこちら https://00m.in/EivBV )

フライヤーのダウンロード
★録画配信はこちら

写真クレジット: 「疱瘡譚」(1972年)の土方巽
撮影:鳥居良禅

 

日時

2022年1月21日(金)午後5時より午後8時30分

場所

 慶應義塾大学三田キャンパス 北館ホール

対象

どなたでもご参加いただけます

費用

無料・入退場自由

お問い合わせ

慶應義塾大学アート・センター土方巽アーカイヴ 担当:石本 
Tel: 03-5427-1621 Email:  

ディスカッション[土方巽を語ること]

日時

2022年1月21日(金)午後5時より午後8時30分

場所

 慶應義塾大学三田キャンパス 北館ホール

対象

どなたでもご参加いただけます

費用

無料・入退場自由

お申し込み方法

事前予約制(定員になり次第締切・オンライン配信あり)

予約サイトはこちら 満席となりましたので受付を停止しております。ぜひオンライン配信をご覧ください。 
(キャンセルはこちら https://00m.in/EivBV )

登壇者/出演者

麿赤兒(舞踏家·俳優)

舞踏家・俳優。1943年生まれ。奈良県出身。20歳の頃に唐十郎と出会い、状況劇場に参加し、赤テントの舞台では欠かせない役者として人気を集める。1966年正月にアスベスト館に来訪して土方巽に出会い、以降は師として仰ぐ。1970年に映画「闇の中の魑魅魍魎」(中平康監督)で主人公の絵師金蔵を演じ、相手役に土方巽を指名して共演。
唐十郎の演劇論「特権的肉体論」を体現する役者であり、その風貌と所作から怪優としての存在感をもって活躍するも、1971年に状況劇場を脱退する。翌1972年に舞踏集団「大駱駝艦」を旗揚げ。ビショップ山田、天児牛大、大須賀勇、室伏鴻といった舞踏家たちが集結し、「天賦典式」を標榜して1970年代の舞踏ブームの一翼を担う。1973年に発表した「陽物神譚」では土方巽が客演し、土方巽の最後の舞台出演となった。
破天荒な発想、類い稀な実行力、卓越した統率力をもって、半世紀にわたり大駱駝艦を率いて舞踏の第一線を駆け、世界の舞踏を実現している。2021年にも、「ダークマター」(2月・世田谷パブリックシアター)をはじめ国内各地で公演を行い、10月にはフランソワ・シェニョーとのデュエットで「ゴールドシャワー」(世田谷パブリックシアターほか)を演じた。

[麿赤兒の土方巽語り]

そして唐突に「キミはヌスミグセはないかね」と冗談とも本気ともつかぬ顔で訊き、またジロリと俺を見据えた。/妙に正直に「あります」と俺。/「うん」と一言。しばし沈黙し、餅にキナコをつけて出してくれる。それを押し戴きながら、ああこれが音に聞こえた「ヒジカタタツミ」か、この大都会で何という田舎者風の姿、田舎の風景を纏った男なのだろう……。

東京に来て四年ほど、都会のスピードに翻弄され、ただただ、体力と嗅覚とカンだけをたより突っ走ってきた俺が、土方巽を前に、何やらホッとしているのだ。俺は一人っ子だが、何やら生き別れた兄貴に巡り合ったような気がした。土方さんの鋭い射すような目の奥に、豊穣に広がる優しさがある。(『麿赤兒自伝』2017年、『快男児 麿赤兒がゆく 憂き世 戯れて候ふ』2011年改題)

そこで浮かび上がってくるのが私の師匠土方巽の言う「衰弱体」なる言葉だ。彼は齢57才で亡くなったが、50才の頃それを言い出した。これは彼が20年余、舞踏の考察で培ってきた延長としての総合的な方法論だと私は思っている。剃刀の様に鋭敏な彼の神経感覚は微妙な身体的異変を察知し、それを先取りするように形成されていった。それは土方巽極私的一個人の身体の衰弱体験だけに留まらないところが彼の舞踏哲学だ。ヒトの老い、衰えは寧ろ遍く与えられた舞踏への恩寵だと考えるのだ。(「衰弱体」日経2020年11月26日)

土方巽は「時」のターミネーターとして我々の前に《出現》し、我々舞踏家に栄光と悲惨を至福として与え給うた。/土方を信じるものは滅びるであろう、そして、土方を信じない者もまた滅びるだろう、ことを知れ。(「肉体は野生の状態で存在する」フライヤー1998年)

お問い合わせ

慶應義塾大学アート・センター土方巽アーカイヴ 担当:石本 
Tel: 03-5427-1621 Email:  

主催・共催など

主催:慶應義塾大学アート・センター
企画:慶應義塾大学アート・センター土方巽アーカイヴ
協力:土方巽アスベスト館、NPO法人舞踏創造資源、大駱駝艦


【参加方法】

◎ 参加方法

1. Zoomを開く
https://zoom.us/join

2. ミーティング IDを入力する

3. Zoomアプリが開く

Zoomを初めて使う場合:「Zoomをダウンロードして実行」をクリックすると、Zoomアプリがダウンロードされ、開きます。
すでにインストールされている場合:アプリケーションが開きますので、パスワード等必要事項を入力


恒例の「土方巽を語ること」の第11回を2022年1月21日に開催します。
新型コロナウイルスによって、二年に及んで芸術活動を規制されてきた後の「土方巽を語ること」の開催は、この間の活動の反省とともに、今後の芸術活動の姿勢を問うものにもなります。私たちに一体、何ができて何ができなかったのか。その検証とともに、あらためて舞踏の意味を問いかけることから始まります。まずは、2021年を参加者とともに回顧したいところです。
2022年は土方巽の「四季のための二十七晩」から50年になります。さらに言えば、「四季のための二十七晩」の五作品のうちの最初の作品「疱瘡譚」から50年です。半世紀を経たメモリアルであるとともに、1970年代に入って土方巽が、舞踏で何をしようとしたのか、舞踏が何をなすべきなのかを問いかけた、その結果の一つとしての作品が「疱瘡譚」であったことを想起しつつ、私たちが遭遇している現在にミラーリングさせる作業が求められています。
今回の「土方巽を語ること」では、もう一つの舞踏の草創期ともいうべき1970年代を再考しつつ、半世紀の時間の意味を引き受ける契機とします。「疱瘡」から「コロナ」への時間を抱え込みつつ、「コロナ」から「疱瘡」へと遡行することによって、土方巽の創造をめぐって語り合いたいと考えます。
ゲストに舞踏家の麿赤兒さんを招きます。麿さんは、1966年に土方巽のアスベスト館を訪れて以来、土方巽を師匠とし、1972年に大駱駝艦を創設して舞踏の世界に足を踏み入れました。まさに50年前のことでした。唐十郎さんとともに行ってきた新しい演劇の創造を離れて、自らの肉体を舞踏へと移したのはなぜだったのでしょうか。
とまれ、2022年は舞踏にとってどういった年になるのか。広がるのか縮まるのか。土方巽アーカイヴが現実の舞踏の世界に投企することは難しいですが、舞踏の現在に関心を寄せつつ、許される限りの活動に邁進することを期したいところです。
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2020年と2021年は記憶に残る年となりました。時に交流の分断を余儀なくされ、時に活動の停止を促されたのです。舞台はもとより、さまざまな表現活動が制約を受けて、足踏みや退却を強いられた年月でした。
この間、何ができるのか、何をすべきかを誰もが自らに問いかけつつ活動の芽を育んでいたかと思います。2020年は事態に戸惑い思考停止があり、時に大きく退潮に甘んずることに陥る状況でした。それでも、2021年には、活動の根が広がり、表現への欲求や情熱がマグマとなって、しばしば噴出したと言っていいでしょう。
この年2月には、笠井叡さんの舞台と麿赤兒さんの舞台を日をおかず続けて観覧できるという、舞踏ファンにとっては願ってもない僥倖にも恵まれたのです。その後も感染の大きな波に翻弄されながらも、舞踏の舞台は途切れることはなかったのです。
東京をはじめ都市部ではいくつもの舞踏公演が実施されました。クラスターもなくさほどの混乱もなく劇場やスタジオに出向くことができました。しかし、一方では地方においてはフェスティバルやイベントが中止になるという事態を余儀なくされました。この捩れた状況に直面して、それぞれの地域の実情を見れば、その決定に従わざるをえないところでした。
土方巽アーカイヴでも、この2年間は異常な事態でした。入室を制限され、さらに閉室を余儀なくされる日々でした。例年、外国人のリサーチャーの来訪が多いのですが、国際的な交流が途絶えたため、外国人のリサーチャーも数少なくなり、舞踏研究も停滞をするのではと危惧されました。
一方で、オンラインでの活動が顕著になりました。2021年の「土方巽を語ることⅩ」もオンラインで、国内各地と海外を結んでの実施となったのです。オンラインでのイベント開催や録画映像のオンライン上映は有利な効果はありますが、やはり観客を目の前にしてのリアルなイベントに優ることはありません。とはいえ、オンラインでの発表は、ハイブリッドも含めて、今後も追究されるべきでしょう。
何ができたのか、何をすべきだったのか、舞踏家一人ひとりが思い起こして、また制作者や観客もまた振り返りつつ、新しい年の活動に生かしていくことを期待するばかりです。

2022年は土方巽の「疱瘡譚」から50年です。土方巽アーカイヴとしても、ぜひこのメモリアルな年にメモリアルな事業や活動を実施したいと考えています。本会でも参加者に問いかけ、討議したいところです。「疱瘡譚」のテーマは、タイトルに含まれているように「病」です。根治されがたい病からの救済と復活を希求する舞踏であったといえるでしょう。
土方巽が半世紀前にあって、舞踏を変革し舞踏で創造し舞踏に存在させようとしたのは何であったのか、この年に新たな問いかけを提示しておきます。(森下)


土方巽「疱瘡譚」写真展 撮影=小野塚誠
「土方巽を語ることⅪ」の開催に合わせて、小野塚誠さんが撮影された1972年の舞踏公演<四季のための二十七晩>の写真をイベント当日に展示します。どなたでもご覧になれます。
会場:北館ホール前