慶應義塾大学アート・センター Keio University Art Center

大熊氏廣《福澤諭吉像》の修復

 本作品はブロンズ彫刻の先駆者大熊氏廣(1856-1934)が塾員有志の依頼で制作した、生前の福澤を写生した唯一の肖像と言われる、羽織袴の和装姿の等身大座像である。1893(明治26)年10月22日に開披式が行われ煉瓦講堂二階会議室に置かれた。その挨拶では、当初、制作に同意しなかった福澤が、自分の肖像というより「学校の記念碑の意味がある」として熱心な希望を最終的に聞き入れたいきさつが述べられた。しかし、還暦祝いの際に贈呈された灯台模型(大熊作)と銅像との交換を申し入れて引き取り、その後長く秘蔵されたままであった。後に関係資料とともに福澤家から慶應義塾に移され、三田の倉庫に保管された。志木高等学校の新校舎新築移転の翌年、1969年同校に設置され、現在に至る(台座は1968年度卒業生寄贈)。
 今回〈未来をひらく福澤諭吉展〉に出品するに際し、鼻頂部の光沢などが鑑賞状態としてふさわしくないと判断されたため、展覧会場においいて応急的修復処置を依頼した。
 [文献]『福沢諭吉全集』14、179-183頁/『慶應義塾百年史』中(前)、1315-1318頁/富田正文「大熊氏広作福沢先生銅像について」、『三田評論』685号、1969年、129-131頁/『志木高五十年』1998年、561-562頁。



保存修復作業記録

2009年1月13日 ブロンズスタジオ・高橋裕二/作業者:高橋裕二(ブロンズスタジオ)

作品

  • 作品:福澤諭吉像
  • 作者:大熊氏廣
  • 制作年:1893(明治26)年
  • 材質・技法:ブロンズ
  • 寸法:118x112x90cm

【修復依頼内容】

1.鼻の頂部が、過度の指触により光沢が出て、色調、表情などに違和感がある。また、上記指触により、表面の塗膜が落ちており、地金の層が直接出てしまっている。
対処要望=色調回復、過剰な艶の除去
2.像の全体、特にひだの内側などに、ほこりが体積している。
対処要望=選択的クリーニング
3.うすい茶色の付着物が、飛沫状に数カ所見られる。
対処要望=付着物除去あるいは、色調調整。
4.右羽織袖などに白い付着物がある。
対処要望=付着物除去あるいは、色調調整。
5.袴ひだの内側などに緑青発生個所がある。
対処要望=緑青除去のうえ、防錆処置および色調調整。
6.台座(ブロンズ)正面向かって左上面の白味を帯びた染み。幅約3cm、長さ約15cm
対処要望=色調補整

【実施対処法】

 1.鼻の頂部
ニトロセルロース系クリアラッカーを基剤として、フラットベース(艶消し剤)、リターダー(硬化遅延剤)を混入し、薄く対象部位に塗る。
未硬化時に、顔料(塩基性炭酸銅)パウダーと、粘板岩パウダーを付着させる。
これらを繰り返し、補彩をおこなった。
 2.ほこりの体積
精製水を含ませた綿棒と、乾燥したままの綿棒で交互に埃をていねいに除去した。
 3.うすい茶色の付着物除去
歯科用スパチュラーで除去し、粉末は綿棒で除いた。
 4.白い付着物
歯科用スパチュラーで除去し、清掃の上、顔料を混入したマイクロクリスタリンワックスで朝食した。
 5.緑青発生個所
歯科用スパチュラーで除去し、清掃の上、顔料を混入したマイクロクリスタリンワックスで朝食した。
マイクロクリスタリンワックスは地金保護の目的と、鬆埋めを兼ねる目的で採用した。
 6.台座(ブロンズ部)正面にむかって左上面の白味を帯びた染み。
顔料を混入したマイクロクリスタリンワックスで調色した。
注記:4,5,6で使用さした顔料は、カーボンブラック、バーントアンバー。

写真は左から
写真1:鼻頂部地金層の露出
写真2:修復後

日付

2009 年 1 月 18 日