山下品蔵《風景(上高地から穂高を望む)》修復
本作品は幼稚舎所蔵作品である。作者の山下品蔵(1899-1969)は1923年に梅原龍三郎に師事し、1929年にフランスに留学。国画会会員。1948年に慶應義塾普通部の教諭となり1964年まで在職。1969年に北アルプスで行方不明となり、この年が没年とされている。本作品の額裏面に「昭和二十四年十月自尊館落成記念 繪 山下品蔵先生」と記載があることから、昭和24(1949)年以前に制作され、幼稚舎へ寄贈されたことがわかる。本作品には亀裂や剥落等が多数みられ、額も著しく劣化していたため、修復研究所二十一に修復処置を依頼し、あわせて額縁を新調した。
●作品
作者:山下品蔵
作品名:風景(上高地から穂高を望む)
制作年:1949年以前
材質・技法:油彩・カンヴァス
寸法:72.8×90.8cm
修復記録
2025 年3月31 日
有限会社修復研究所二十一
担当 有村麻里
[作品の状態]
ワニス層:なし
絵具層:全体に固着が悪く、細かい亀裂が広範囲に生じ、周縁が浮き上がっている。特に上辺部の空、中央、右辺に亀裂、剥落が集中している。剥落部分は地塗り層を残して絵具層が剥がれている部分がほとんどである。材質や技法、制作工程、保存環境などの影響が複合的に影響している可能性がある。亀裂や剥落が集中している上辺部はやや厚塗りである。亀裂の様子から、上辺部は画布の伸縮の影響が確認できる。画布の動きに伴う柔軟性が絵具層に欠けていたと考えられる。
絵具層自体は油絵具特有の光沢と筆触が見られる。塗布した絵具をペインティングナイフで削って、また絵具を重ねている部分もあり、損傷か表現か判断が難しい部分が所々にある。
地塗層:白色。水溶性。既製。
支持体:画布。全体に均等に張り込まれているが、やや張りがゆるい。右上角に変形が生じている。裏面は埃が堆積し、汚れている。冠水などの跡は見られない。中央に縦方向の1センチ程度の破れがある。側面部は釘に生じた錆によって周縁の繊維が腐蝕し、釘穴が拡がっている。画布の張りにゆるみが生じている要因のひとつと考えられる。
支持体付属物:木枠の角材は細めで、作品の寸法に対して華奢で、やや強度が足りない。
額縁:グレージング、裏蓋なし。強度はあるが、入れ子を含めて塗料の剥がれ、汚れが目立ち、作品の鑑賞を妨げる要因となっている。
[修復行程]
1. 調査
2. 浮き上がり接着
3. 画面洗浄
4. 変形修正
5. 裏面清掃・殺菌
6. 破損部接着
7. 支持体張り直し
8. 充填整形
9. 補彩
10. ワニス塗布
11. 額装
[修復処置内容]
修復作業の前に、作品の写真撮影と状態調査をして、現状を記録し修復計画の立案に役立てる。写真は、デジタルカメラで撮影し、画面、裏面、測光等の画像を記録する。状態調査は、ワニス層、絵具層、地塗層、支持体、木枠、額縁等の損傷、その他の現状を詳細に調査し、状態記録表の作成、絵具層の耐溶剤性テスト等を行う。必要に応じて、赤外線、紫外線蛍光、 X線等の撮影や絵具層の断層観察、顔料分析を行う。また修復中、修復後の写真記録も作成する。このような調査や記録は、修復前の損傷状態や旧修復個所の確認、今回の修復個所の記録として大切なだけではなく、画家の技法を知るうえでの、また作品保存のための大切な情報源である。作品によっては、美術史上の検討が必要な場合もあるが、そのときは専門家に調査を依頼することもある。記録は、当研究所に長く保存される。
・調査表作成(耐溶剤性テストを含む)
・通常光撮影(修復:前・中・後)
浮き上がり接着(絵具層剥落防止処置)
絵具層が地塗層から浮き上がっていたり、層間剥離がある場合は、接着剤を含侵させて加温、加圧し接着する。画面に残った接着剤は注意深く除去する。
使用した接着剤:膠水
画面洗浄
修復前に行った耐溶剤性テストをもとに、精製水や各種の有機溶剤を単独、または混合し、絵具層に影響を与えないことを確認の上、注意深く洗浄する。
使用した溶剤・汚れの洗浄:精製水
変形修正
支持体の変形(凹凸、その他)は、裏面よりわずかに吸湿させて軽く加圧する作業を繰り返して修正する。変形が激しい場合は、加温する場合もある。支持体が収縮している場合や大きな変形が生じている場合は、可動式の仮枠に張り込み、枠を徐々に広げながら修正する。
方法: 可動式仮枠
破損部接着
支持体の破損部を修復する場合は、破損部の変形を修正した後かけはぎ、あるいはあて布を施し接着する。裏打ちをする場合も必要に応じてこの作業を行う。
膠水を含ませた麻の繊維をつめて、重しを置いて接着した。
使用した接着剤:膠水
支持体張り直し
支持体にたわみが生じている場合は、支持体の張り直しを行う。耳部分が、布の劣化、破損等で張る力に耐えられない場合や耳部の幅が不十分のときは、帯状の布を耳部分裏面より接着し補強する。
耳補強の場合の接着剤:BEVA371 フィルムシート
耳補強の場合の補強布:麻布
裏面・木枠・額縁の清掃と殺菌
画布裏面に付着・堆積していた埃等を電気クリーナーで吸引した後、エタノール水を含ませたウエスで汚れを除去し殺菌する。
充填整形
絵具層の欠損部分に、炭酸カルシウムまたは硫酸カルシウムと接着剤を練り合わせたものを充填し、周囲の筆触にあわせて凹凸をつくり成形する。充填は欠損部分のみに行い、原画部分に出ないようにする。
使用した充填剤:硫酸カルシウム+膠水
防黴・殺菌
徽の防除は防徽剤の含侵等により行う。使用した薬剤:アルコール(裏面)
補彩
補彩は充填整形を施した部分や、除去できない汚れ(徹跡など)に施す。捕彩では除去可能な絵具を使用する。
使用した補彩絵具:修復用アクリル樹脂絵具
ワニス塗布
補彩完了後、画面保護のためにワニスを塗布する。
使用したワニス:ダンマルワニス(15%)
エキストラファインダンマーピクチャーバーニッシュ(ルフラン社製)
画面寸法
変更なし
その他
・裏面清掃
・木枠(新調)
・木枠用くさび(新調)
・額縁(新調)
・ラベル(板に墨書あり。新調木枠に取り付けた。)
その他の特記事項
今回の処置で浮き上がりや亀裂、剥落が生じている部分は重点的に接着を行い、安定した状態が得られた。ただ、構造的に絵具層と地塗層の固着が全体に不安定であるため、今後も経過観察を行うことが望ましい。

図1 修復前 表

図2 修復前 裏

図3 修復中 浮き上がり接着 横から光を照射し、絵具層が浮き上がっている状態を強調させ、接着の効果を確認しながら行った

図4 修復中 耳補強

図5 修復後 表

図6 修復後 裏
日付
2025年3月31日
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