慶應義塾大学アート・センター Keio University Art Center

井上公三《花》の修復

 本作品は1985年に現在の日吉メディアセンターが新しく開館するまで、日吉キャンパスの図書館であった藤山記念日吉図書館(現藤山記念館)のために壁面装飾として制作された5枚組の作品である。新しくメディアセンターが開館した後もしばらくの期間は藤山記念館にそのまま壁面装飾として残されていたが、後年、取り外されて5枚のうち2枚が日吉メディアセンター、残り3枚が日吉の別所倉庫にて保管されていた。5枚とも取り外し後の収蔵状態が必ずしもよくなかったと推察され、程度の差があるものの5枚ともかなり傷んでいおり、埃等の汚れも作品にダメージを与える状況にあった。また、展示状況から壁面下部が手の届く高さにあり、その部分の汚れが目立つ状態であり、特に落書き等、汚損の多いカンヴァスもあった。以上のように洗浄・修復が必要な状態であったため、アート・センターを通じて専門家に依頼し、修復処置を施した。



保存修復作業記録

2013年3月31日 修復研究所21・宮崎安章

作品

 作者の井上公三は慶應義塾大学で美術史を専攻した後(1960年卒業)、フランスに渡り、アカデミー・グランド・ショミエールで学び、パリを拠点として活躍した後、拠点を日本へと移した。シルクスクリーンにぼかし(グラデーション)の表現を用いる手法を確立したことで知られ、花をモチーフにしたシンプルな形態と繊細な色彩のグラデーションの版画作品で評価された。この作品は井上の版画作品の特徴をアクリル絵画において発揮しており1枚のカンヴァスの中にグラデーションが見られるだけでなく、5枚全体にグラデーションが展開していて、同じモチーフの画面がわずかに色合いを異にしている。
〔文献〕『三田評論』928号、 1991年、82-93頁

作者=井上公三
作品名=花 [花 グランドスヰング]
材質・技法=アクリル樹脂絵具、カンヴァス(5-1,-5= ポリエステル布、5-2,-3,-4= 亜麻布)
寸法=各 194.0×130.4×2.7(厚み)cm (5枚組)

【作業内容】

5−1
修復前の状態
・画面全体に埃が付着し汚れている。中央より上部と下辺にこすれによる汚れがある。
・裏面は埃等で汚れている。 裏面の木枠中桟にNo.1と赤色の油性ペンで書かれている。画布の繊維は綿である。
施行処置
・裏面の汚れは掃除機で除去し、エタノールで殺菌処置を行った。
・手垢等の汚れは綿棒に希アンモニア水を含ませオリジナルの絵具層を痛めない範囲で除去した。
・洗浄で取り除けなかった汚れやシミはパステルや透明水彩で補彩を行った。

5−2
修復前の状態
・画面全体に埃が付着し汚れている。下辺中央に鉛筆による落書きがある。下辺右側に破損箇所もある。鱗片状に細かな浮き上がりが無数にある。
・裏面は埃等で汚れている。 裏面の木枠中桟にNo.2と赤色の油性ペンで書かれている。 画布の繊維は亜麻である。
施行処置
・鱗片状に浮き上がった絵具層は膠水(1:10)を接着剤とし、電気鏝で加温加圧して接着した。
・裏面の汚れは掃除機で除去し、エタノールで殺菌処置を行った。
・支持体の破損箇所は亜麻の繊維を膠水(1:10)を接着剤として使い、かけはぎを行った。
・手垢等の汚れは綿棒に希アンモニア水を含ませオリジナルの絵具層を痛めない範囲で除去した。
・下辺の鉛筆で書かれた落書きは、練り消しゴムやプラスチック消し後ゴムなど数種類を使って
 見たが、殆ど除去できなかったため、補彩を施した。
・剥落箇所は炭酸カルシウムを膠水(1:10)で練り合わせた充塡剤を詰め、周囲の絵肌に
 合わせて整形した。
・補彩は透明水彩で行った。

5−3
修復前の状態
・画面全体に埃が付着し汚れている。中央と下辺にこすれによる汚れがある。 右辺中央に支持体の変形がある。
・裏面は埃等で汚れている。 裏面の木枠中桟にNo.3と赤色の油性ペンで書かれている。画布の繊維は亜麻である。
施行処置
・裏面の汚れは掃除機で除去し、エタノールで殺菌処置を行った。
・手垢等の汚れは綿棒に希アンモニア水を含ませオリジナルの絵具層を痛めない範囲で除去した。
・支持体の変形は、裏面から加湿して、重りをのせて加圧して修正した。
・洗浄で取り除けなかった汚れやシミはパステルや透明水彩で補彩を行った。

5−4
修復前の状態
・画面全体に埃が付着し汚れている。中央より下部にこすれによる汚れがある。
・裏面は埃等で汚れている。 裏面の木枠中桟にNo.4 と赤色の油性ペンで書かれている。画布の繊維は亜麻である。
施行処置
・裏面の汚れは掃除機で除去し、エタノールで殺菌処置を行った。
・手垢等の汚れは綿棒に希アンモニア水を含ませオリジナルの絵具層を痛めない範囲で除去した。
・洗浄で取り除けなかった汚れやシミはパステルや透明水彩で補彩を行った。

5−5
修復前の状態
・画面全体に埃が付着し汚れている。中央より上部と下辺にこすれによる汚れがある。 下辺中央にゴキブリの幼生が付着している。
・裏面は埃等で汚れている。 裏面の木枠中桟にNo.5と赤色の油性ペンで書かれている。画布の繊維は綿である。
施行処置
・裏面の汚れは掃除機で除去し、エタノールで殺菌処置を行った。
・手垢等の汚れは綿棒に希アンモニア水を含ませオリジナルの絵具層を痛めない範囲で除去した。
・洗浄で取り除けなかった汚れやシミはパステルや透明水彩で補彩を行った。

写真は左から
写真1:修復前の全図
写真2:修復前(枠から外したところ)
写真3:修復後
写真4:破損箇所(修復前)
写真5:破損箇所(修復後裏面)
写真6:破損箇所(修復後表面)

日付

2010年〜2013年3月