慶應義塾大学アート・センター Keio University Art Center

和田英作《雨山達也像》の修復

 本作品は三田図書館旧館に長らく保管されてきたものの、その存在を知られることが希であった。2013年秋に図書館旧館に保管されてきた絵画等の調査をメディアセンターの呼びかけの下、管財課、福澤研究センター、アート・センターで調査し、美術品相当と考えられる作品等についてふさわしい諸機関での保存活用を促すこととなった。但し、この調査の対象作品はいずれも埃等の面からかなり劣悪な保存状態となっており、活用のためには保存修復処置等が必要であった。本作品はこの調査対象のうちの1点であり、署名年記があり、作品の出来映えも充実していることから、和田英作作品と判断された。絵具層などはしっかりしており、色彩の保存状態も基本的には良好であったが、上記のように埃等が著しく、また、一部に水を受けたと想定されるカビを生じていた。以上のように洗浄・修復が必要な状態であったため、アート・センターを通じて専門家に依頼し、修復処置を施した。



保存修復作業記録

2014年3月3日 修復研究所21・宮崎安章

作品

作者=和田英作
作品=雨山達也像
制作年=1916 年
材質・技法=油絵具
カンヴァス寸法= 80.4 ×60.5 ×2.1cm(厚み)

作品概要

 作者の和田英作(わだ えいさく)(1874-1959)は原田直次郎、黒田清輝らに師事した後、文部省留学生として欧州に留学。帰国後東京美術学校の教授となり後に校長も務めた。慶應義塾とのゆかりも深く、かつて大講堂に掲出されていた演説姿の福澤諭吉全身像(空襲で焼失。現在は和田の弟子松村菊麿の模写が演説館に掲出)や図書館旧館のステンドグラス下絵も和田の手になるものである。
 雨山達也(あめやま たつや、1856—1933)は豊後国佐伯藩の藩士の家に生まれ、14歳で豊前国中津藩の重臣奥平図書家の養子となり、維新後改姓。明治3年中津を訪問した福澤の勧めにより、翌4年2月慶應義塾に入塾し、7年卒業。以後宮崎や岡山などで教鞭を執った数年を除き、大正7年まで40年余りにわたり義塾で教員を務め、様々な科目を講じた。その間普通部、商工学校、商業学校の主任(校長)を長く務め、名門の出ながら才学と気品と努力とにおいて義塾の模範となる人物として尊敬を集めた。昭和8年5月3日没。この画は、雨山の還暦祝いとして雨山の教えを受けた卒業生有志の拠金により和田英作に依頼され、完成後義塾図書館に掲げられていたものである[雨山達也解説は福澤研究センター都倉武之氏による]。
〔文献〕「福澤諭吉肖像画」『慶應義塾史事典』慶應義塾、2008年、591-592頁/『未来をひらく福澤諭吉展』慶應義塾、2009年、119頁


【作業前の状態・表面の状態】

・ ワニス層:なし。
・ 絵具層: 黒色を使っている頭部や衣服に徽が発生しチョーキングしている箇所が目立つ。右  辺中央の濃い緑色の背景は徽によってチョーキングしており、変色もしている。額縁も右側に冠水によってできた損傷(石膏や塗装の剥離)があることから、作品が額装された状態で冠水して、徽が発生したと思われる。
・ 支持体:市販の画用キャンパスで繊維は亜麻である。四隅と画面半分より下方に凸凹状のたわみがある。突き傷と思われる凹状の変形が、頭部の左右にある。裏面は挨や塵で汚れており、下辺の木枠との隙間に溜まっている。
・ 木枠:木枠は文房堂製。杉材。員数5 本(中桟l 本)で模穴は8 箇所、模は8 個ある。留め接ぎ構造である。
・ 額縁:アクリル板や裏蓋はない。吊り金具は真鍛製ヒートン、吊り紐は綿ロープ。冠水により、右上の石膏が劣化し剥落した箇所がある。細かい剥落や浮き上がりが多数ある。表面に貼られた金箔に一部も剥げている箇所がある。


【作業後の所見】

1.  写真撮影:修復前、中、後をデジタルカメラで撮影した。
2.  調査:修復前の作品の状態を調査した。
3.  画面洗浄(徽除去):画面洗浄は希アンモニア水を使用した。徴箇所はエタノールを使用した。竹串に脱脂綿を巻いて作った綿棒に各溶液をしみ込ませて作業を行った。
4.  裏面清掃:掃除機を使い裏面の清掃を行った。
5.  裏面殺菌・防徽:エタノールを使い殺菌・防徽処置を行った。
6.  耳補強布取り付け:支持体の周囲に亜麻布をBEVA371 シート(ホットメルト型接着剤)で取り付けた。
7.  支持体の変形修正:湿気をあたえ、アイロンで加温加圧して作業を進めた。
8.  木枠清掃:掃除機を使い裏面の清掃を行った。
9.  木枠殺菌・防徽:エタノールを使い殺菌・防徽処置を行った。
10. 作品張り込み:オリジナルの木枠に支持体を張り込んだ。元々使われていた画用釘が鍛冶屋で造くられたもののようだったので錆除去後、防錆剤を塗布して再利用した。
11. 画面殺菌・防徽:TBZ( チアベンダゾール)を主成分とした殺菌剤を塗布した。
12. 変色箇所の補彩:徽によって変色した右辺の一部を溶剤型アクリル絵具で補彩した。
13. ワニス塗布:下層にダンマル樹脂ワニス、上層にパラロイドB72 ワニスを塗布した。
14. 額縁修理:塗装部の浮き上がり箇所はパラロイドB72 (20% 溶液)を塗布した。飾りの欠損箇所は5 エ    ポキシ樹脂パテで複製した。彩色は水性アクリル絵具で行った。
15. 額装:低反射アクリル板とポリカーボネイト製の裏蓋を新調した。裏蓋を入れるために、泥足を裏面に取り付けた。


【修復後の所見】 

 画面の汚れを洗浄し、全体の色調が明るくなった。支持体の変形修正を行い、凹凸やたわみが修正された。耳補強布を取り付け、再度木枠に張り込み、作品の平面性は保たれた。徽によるチョーキングが除去され、鑑賞の妨げが無くなり、見やすくなった。

写真は左から
写真1:修復前
写真2:修復後
写真3:洗浄途中

日付

2013年7月〜3月