慶應義塾大学アート・センター Keio University Art Center

旧ノグチ・ルーム(萬來舎)の保存修復処置

 三田キャンパスで長らく「ノグチ・ルーム」と呼ばれてきた第二研究室談話室は、建築家谷口吉郎と彫刻家イサム・ノグチのコラボレーションによって創造された空間であり、1951年8月に竣工した。南館新築に伴う第二研究室解体という事態を受けて、庭へ広がる空間を伴った地上の談話室は南館3階ルーフ・テラスという全く異なった立地に、建築家隈研吾、景観設計家ミシェル・デヴィーニュの手を経て新しい形で移築された。この度、家具の展覧会への貸出依頼を契機として修復を開始し、室内に保存されている家具のみならず床面等について、集中的に保存・修復処置を施すこととなった。アート・センターを通じて専門家に処置を依頼することとし、修復研究所21宮崎安章氏他が担当した。尚、移築で生じた従来と異なった採光状況により、家具類の表面劣化の進行が激しいことも認められ、遮光を含めて対策を検討中である。
[文献](移築に関する文献のみ)鷲見洋一「『萬來舎問題』をめぐる若干の考察」、『慶應義塾大学アート・センター年報』10号、2003年3月、5-9頁/前田富士男「ノグチ・ルーム/第二研究室の保存問題――慶應義塾大学三田新校舎建設計画をめぐって」前掲書、10-21頁/『Booklet』13、慶應義塾大学アート・センター、2005年1月。



保存修復作業記録

2007年6月(1-6)、7月(7, 8)、2008年5月(9, 10)/修復研究所21宮崎安章/作業者:宮崎安章、渡辺一郎、村松裕美、渡辺郁夫、田中智惠子、村山浩規、有村麻里、桐生諭籐製の敷物:舩水公平(株式会社ワイ・エム・ケー)

作品

1. イサム・ノグチ《茶卓》
作品作者:イサム・ノグチ
作品名:茶卓
制作年:1951年
材質:シオジ(塩地)材
寸法:393(H)×1,829(W)×360(D)mm
重さ:18.65kg

2. イサム・ノグチ《丸椅子(A)》
作品作者:イサム・ノグチ
作品名:丸椅子(A)
制作年:1951年
材質:シオジ(塩地)材
寸法:364(H)、299φmm
重さ:2,710g

3. イサム・ノグチ《丸椅子(B)》
作品作者:イサム・ノグチ
作品名:丸椅子(B)
制作年:1951年
材質:シオジ(塩地)材
寸法:362(H)、299φmm
重さ:2,710g

4. イサム・ノグチ《丸椅子(C)》
作品作者:イサム・ノグチ
作品名:丸椅子(C)
制作年:1951年
材質:シオジ(塩地)材
寸法:361(H)、299φmm
重さ:2,880g

5. イサム・ノグチ《丸椅子(D)》
作品作者:イサム・ノグチ
作品名:丸椅子(D)
制作年:1951年
材質:シオジ(塩地)材
寸法:360(H)、298φmm
重さ:2,900g

6. イサム・ノグチ《腰掛(小)》
作品作者:イサム・ノグチ
作品名:腰掛(小)
制作年:1951年
材質:シオジ(塩地)材
寸法:830(H)×2,900(W)×575(D)mm
重さ:79kg

7. イサム・ノグチ《腰掛(大)》
作品作者:イサム・ノグチ
作品名:腰掛(大)
制作年:1951年
材質:シオジ(塩地)材
寸法:820(H)×4,243(W)×1,100(D)mm

8. イサム・ノグチ《テーブル》
作品作者:イサム・ノグチ
作品名:テーブル
制作年:1951年
材質:シオジ(塩地)材
寸法:613(H)×3,508(W)×905(D)mm

9. ノグチ・ルーム籐製敷物
作品作品名:籐製の敷物
材質:籐・亜麻紐

10. ノグチ・ルーム床
作品作品名:床
材質:シオジ(塩地)材

【施行処置】

イサム・ノグチ《茶卓》
・表面の汚れやしみはクエン酸の5%水溶液で洗浄した。
・破損箇所の亀裂は膠水をしみ込ませ、クランプで固定して接着した。
・旧補修箇所を除去した後に木材(欅材)を整形しエポキシ樹脂接着剤で接着した。欠損箇所はエポキシ樹脂パテを充填した。
・脚の床に直接触れる底面にフェルトをBEVAシートで接着した。
・木材の補填箇所と充填箇所は溶剤型アクリル絵具で補彩した。
・カルナバ臘を主成分としたワックスを表面保護のために塗布した。

イサム・ノグチ《丸椅子(A)》
・表面の汚れやしみはクエン酸の5%水溶液で洗浄した。
・破損箇所の亀裂は膠水をしみ込ませ、クランプで固定して接着した。
・大きく欠損した箇所は木材(欅材)を整形しエポキシ樹脂接着剤で接着した。比較的小さな欠損箇所はエポキシ樹脂パテを充填した。
・接合部に隙間のできた脚は取り外し、旧処置に使用された接着剤を除去し、エポキシ樹脂接着剤で接着した。旧接着剤もエポキシ樹脂接着剤であった。
・脚の床に直接触れる底面にフェルトをBEVAシートで接着した。
・木材の補填箇所と充填箇所は溶剤型アクリル絵具で補彩した。
・カルナバ臘を主成分としたワックスを表面保護のために塗布した。

イサム・ノグチ《丸椅子(B)》
・表面の汚れやしみはクエン酸の5%水溶液で洗浄した。
・破損箇所の亀裂は膠水をしみ込ませ、クランプで固定して接着した。
・大きく欠損した箇所は木材(欅材)を整形しエポキシ樹脂接着剤で接着した。比較的小さな欠損箇所はエポキシ樹脂パテを充填した。
・接合部に隙間のできた脚は取り外し、旧処置に使用された接着剤を除去し、エポキシ樹脂接着剤で接着した。旧接着剤もエポキシ樹脂接着剤であった。
・脚の床に直接触れる底面にフェルトをBEVAシートで接着した。
・木材の補填箇所と充填箇所は溶剤型アクリル絵具で補彩した。
・カルナバ臘を主成分としたワックスを表面保護のために塗布した。

イサム・ノグチ《丸椅子(C)》
・表面の汚れやしみはクエン酸の5%水溶液で洗浄した。
・破損箇所の亀裂は膠水をしみ込ませ、クランプで固定して接着した。
・大きく欠損した箇所は木材(欅材)を整形しエポキシ樹脂接着剤で接着した。比較的小さな欠損箇所はエポキシ樹脂パテを充填した。
・接合部に隙間のできた脚は取り外し、旧処置に使用された接着剤を除去し、エポキシ樹脂接着剤で接着した。旧接着剤もエポキシ樹脂接着剤であった。
・脚の床に直接触れる底面にフェルトをBEVAシートで接着した。
・木材の補填箇所と充填箇所は溶剤型アクリル絵具で補彩した。
・カルナバ臘を主成分としたワックスを表面保護のために塗布した。

イサム・ノグチ《丸椅子(D)》
・表面の汚れやしみはクエン酸の5%水溶液で洗浄した。
・破損箇所の亀裂は膠水をしみ込ませ、クランプで固定して接着した。
・大きく欠損した箇所は木材(欅材)を整形しエポキシ樹脂接着剤で接着した。比較的小さな欠損箇所はエポキシ樹脂パテを充填した。
・接合部に隙間のできた脚は取り外し、旧処置に使用された接着剤を除去し、エポキシ樹脂接着剤で接着した。旧接着剤もエポキシ樹脂接着剤であった。
・脚の床に直接触れる底面にフェルトをBEVAシートで接着した。
・木材の補填箇所と充填箇所は溶剤型アクリル絵具で補彩した。
・カルナバ臘を主成分としたワックスを表面保護のために塗布した。

イサム・ノグチ《腰掛(小)》
・表面はドライクリーニングした後に、汚れやしみはクエン酸の5%水溶液で洗浄した。
・敷物を固定していた釘は破損の恐れがあるため取り外した。
・背もたれの欠損箇所は木材(欅材)を整形しエポキシ樹脂接着剤で接着した。
・背もたれの縄欠損箇所と隙間にはい草縄(φ3mm)を補填した。
・い草縄は日に晒した物を使い、溶剤型アクリル絵具で色調を調整した。
・欠損箇所はエポキシ樹脂パテを充填した。
・座面左側の合板に剥離した箇所があり、シアノアクレートを主成分とした瞬間接着剤で固定した。
・脚の床に直接触れる底面にフェルトをBEVAシートで接着した。
・木材の補填箇所と充填箇所は溶剤型アクリル絵具で補彩した。
・カルナバ臘を主成分としたワックスを表面保護のために塗布した。

イサム・ノグチ《腰掛(大)》
・表面はドライクリーニングした後に、汚れやしみはクエン酸の5%水溶液で洗浄した。
・欠損箇所はエポキシ樹脂パテを充填した。
・座面左側の合板に剥離した箇所があり、シアノアクレートを主成分とした瞬間接着剤で固定した。
・脚の床に直接触れる底面にフェルトをBEVAシートで接着した。
・木材の補填箇所と充填箇所は溶剤型アクリル絵具で補彩した。
・カルナバ臘を主成分としたワックスを表面保護のために塗布した。

イサム・ノグチ《テーブル》
・表面はドライクリーニングした後に、汚れやしみはクエン酸の5%水溶液で洗浄した。
・木材の補填箇所と充填箇所は溶剤型アクリル絵具で補彩した。
・天板のワニスの劣化した箇所にパラロイドB72の10%溶液で剥落を止め、表面保護のためにシェラックワニスを塗布した。
・カルナバ臘を主成分としたワックスを表面保護のために塗布した。

ノグチ・ルーム籐製敷物
修復前の状態
・ノグチ・ルームの東側に敷物は設置され、テラコッタ壁の前にある敷物と暖炉側に設置された長い敷物の2枚で構成されている。
・敷物の裏面に両面タイプの粘着テープで床(ラワン合板)に固定されている。しっかり固定されている。籐は温湿度によって伸縮し、その動きは逃げ場を無くし、特にテラコッタ壁側の敷物は、波打つような形に凸凹した状態である。
・表面は汚れが付着している。南側窓からの直射日光が常に当たっている箇所の表面は、紫外線や赤外線により、周囲よりも劣化が進み、表面が鱗片状に剥落した箇所が多く観察できる。
・テラコッタ壁側の敷物の北側の籐皮で編まれた縁飾りが経年劣化により破損し、一部紛失している。また籐の縁も損傷した箇所がある。
・テラコッタ壁の下部に隙間があり、目隠しのために角材が木ネジで固定されている。角材は敷物の上にも乗っている箇所がある。

施行処置
・敷物と床を止めていた粘着剤は有機溶剤(ノルマルヘキサン/シクロヘキサン混合液)で除去した。
・表面の汚れやしみは希アンモニア水の1%水溶液で洗浄した。・損傷した縁飾りの新調は、舩水公平氏(株式会社ワイ・エム・ケー)に依頼した。
・籐と新調した箇所の色調の調整は溶剤型アクリル絵具で補彩した。
・カルナバ臘を主成分としたワックスを表面保護のために塗布した。

ノグチ・ルーム床
修復前の状態
・床には表面保護のために褐色の油性ワックスが塗布されており、長年に渡りメンテナンスの際に繰り返し塗布され、ワックス層は厚い。
・現在の場所に移築される際に粘着テープを直接床に貼り付けて養生を行った為、その養生材を取り外す際に、旧保護ワックスが粘着剤に着いてしまい、多くの場所に剥離してしまった箇所がある。
・北側奥の床は広範囲に板が紛失しており、紛失箇所に新調された欅材の板が取り付けられている。褐色のウレタン系塗料が板を取り付けた後に塗布され、周囲のオリジナル版の一部にも塗料が塗布されている。
・南側の床は一部が紛失した箇所が多数あり、紛失箇所に新調されたオーク材の板(褐色に塗装された板)が取り付けられている。
・移築前に入口の扉があった辺りの床は、表面の状態は他の場所に比べて摩耗が進んでいる。旧保護ワックスの層も薄い。

施行処置
・旧保護ワックスの除去は、スクレーパー(木べら、アクリル板)を使って、物理的に削り取った。クロークの床の旧保護ワックスの一部を後世の資料として、除去せずに残した。
・北側奥の旧処置板材(欅材)は、表面の塗料をヤスリで削り落とし、新たにウレタン塗料で周囲の板に近い色調に彩色した。
・南側の旧処置板材(オーク材)は表面の塗料を市販の剥離剤で除去し、新たにウレタン塗料で周囲の板に近い色調に彩色した。
・修復後に床材の保護のために、油性ワックスを1回塗布した。油性ワックスは市販のものでリンレイ油性ワックス液状ブルーを使った。主な成分はカルナバ臘、合成臘、石油系溶剤、香料、染料である。

写真は左から
写真1:《丸椅子(A)》欠損箇所
写真2:《丸椅子(A)》欠損修復後
写真3:《腰掛(小)》欠損箇所1
写真4:《腰掛(小)》欠損修復後1
写真5:《腰掛(小)》欠損箇所2
写真6:《腰掛(小)》欠損修復後2
写真7:籐製敷物 欠損箇所1
写真8:籐製敷物 欠損修復後1
写真9:床 修復前
写真10:床 修復後

Date

1-6=2007年2-6月7, 8=2007年7月10-12日(現場作業)9, 10=2007年3月(現場作業を含む)