慶應義塾大学アート・センター Keio University Art Center

椿貞夫《富士山(河口湖)》の修復

 本作品は幼稚舎に所蔵され、談話室に長く掛けられていた。談話室に喫煙コーナーを設けた際、当該作品の掛けられている壁面がコーナー内に含まれていたため、調査した結果、額面などの汚れが著しく、直ちに応急処置として喫煙コーナーから外し、別所に保管した。後日、専門家に依頼して、状態を調査の上、保存・修復処置を施した。 
 作者の椿貞雄(1896-1957)は画家を目指して上京して岸田劉生と運命的な出会いを果たし、劉生に師事し、草土社創設に参画した。1927 年 6 月より、同じ草土社の河野道勢が辞任した後を受けて幼稚舎の図画教員となり、1945 年 3 月まで勤めた。本作品はその在任中に制作された作品ということになる。
〔文献〕椿貞雄「児童画展によせて」『画道精進』、光風社書店、1969 年、81-83 頁/「椿貞雄 一周忌展」(目録)、丸善画廊、1958 年(出品番号 12 番)/『生誕 100 年記念椿貞雄展』(展覧会カタログ)、生誕 100 年記念椿貞雄展実行委員会、1996年(出品番号 62 番)



保存修復作業記録

2010年5月12日修復研究所21・宮崎安章

作品

  • 作者=椿貞夫
  • 作品名=富士山(河口湖)
  • 制作年=1937-40年(加筆:1950年、1951年)
  • 材質・技法=油彩、カンヴァス
  • 寸法=90.2 x 115.9 cm
  • 署名等=画面右下「昭和十五年加筆完成/椿貞雄写す」、画面左上「昭和十二年写十五年加筆/廿五年廿六年加筆椿貞雄写」裏面「富士山(川口湖)/昭和十二年写十五年加筆/椿貞雄/昭和廿五年廿六年加筆」椿朱明氏寄贈

【処置前の状態】

・ワニス層は黄化している。過去に数回修復された際に塗布されたものである。
・絵具層は昭和12年、15年、25年、26年作家が加筆と表書きがあり、剥落箇所を中心に油絵具で補彩、加筆が施されている。加筆箇所と富士山頂付近に浮き上がりが多数あり、剥落もある。
・過去の修復によって塗り重ねられた絵具層により、オリジナルの絵具層との区別が非常に難しい状態になっている。亀裂は画面中央より上部に多くある。
・支持体の繊維は亜麻で市販のキャンバスである。張りに斑があり、凸凹状の変形がある。
・周囲四片に亜麻布で耳補強されており、ホットメルト型の接着剤が使われている。
・亜麻布でルースライニングされているが、張りが弱く撓みが生じている。
・左右辺と上辺の耳部(白色地のキャンバス)幅9〜12mmの幅で画面側に出ている。
・オリジナルの裏面はルースライニングされているため、観察できない。
・修復前の画面寸法は最大寸法で天地が901mm、左右が1,158mmである。
・木枠は杉材。留め形三枚接ぎ構造で員数は6本、中桟が2本ある。楔穴、楔はない。

【修復処置内容】

1.修復前、中をデジタルカメラで撮影した。
2.修復前の作品の状態を調査した。
3.絵具層の浮き上がり箇所に膠水(1:10)を使用して接着した。
4.希アンモニア水を使い洗浄した。
5.キシレンとアセトンの混合液とエタノールを使い旧加筆を除去した。
6.作品の側面を止めているステップルを抜き取り、取り外した。
7.温めたアイロンで旧耳補強布を取り外した。
8.支持体の破損箇所は繊維状した亜麻を膠水で接着し、かけはぎを行った。
9.可動式の枠に張り込み、枠を伸ばしながら変形修正した。
10.裏面を掃除機で清掃した。
11.エタノールを使い殺菌・防黴を行った。
12.支持体の周囲に亜麻布を補強のためにホットメルト型接着剤(BEVA)で取り付けた。
13.新調した木枠にポリエステル布を張り込んだ後に作品を張り込みルースライニングをった。
14.絵具層の欠損箇所に炭酸カルシウムと強化ワックスを練った充填剤を詰め、周囲のマチエールに合わせて整形した。
15.ベンダチアゾールを主成分とした殺菌剤を塗布した。
16.溶剤型アクリル樹脂絵具を使い補彩した。
17.下層にダンマル樹脂ワニス、上層にパラロイドB72ワニスを塗布した。
18.作品を額縁に納め、裏面保護のために、ポリカーボネイト板を取り付けた。
*修復報告書の最後に「今後の作品の取り扱いの注意」を付記して、日常のケアについての指導としている。

写真は左から
写真1:修復前
写真2:修復後
写真3:裏面書き込み

Date

2009年3月〜2010年5月